創立15周年記念ネットフォーラム
  
      住産業に係る新技術の動向について
ユビキタス・コンピューティング社会の建築像

竹中工務店 技術ソリューション本部 部長 宇治川 正人


1 ユビキタス・コンピューティング
 「最も成熟した技術は、その姿を悟らせない。日常生活という織物の中に、自身を織り込ませており、その存在が認識されないのだ。書くという技術を考えてみよう。多分、それは最初の情報技術である。話し言葉を、象徴(シンボル)を用いて、長期間に渡って記録することによって、情報が、個人の記憶力に制約されることから解放した。今日、この技術は工業国ではどこにでも在る。」これは、1991年に、初めてユビキタス・コンピューティングという語が登場した論文 1) の冒頭である。書いたのは、当時ゼロックス社のパロアルト研究所コンピューターサイエンス研究部長だったマーク・ワイザー(1952〜1999)であった。
 ワイザーはシカゴで生まれた。ミシガン大学で修士と博士号を取得し、その後メリーランド大学で研究生活を送り、1988年に34歳でゼロックス社のパロアルト研究所コンピュータサイエンス研究部長に迎えられ、直ちに、ユビキタス・コンピューティングの研究開発に着手した。
 彼は、技術が成熟すると、環境に溶け込み、その存在自体を意識せずに使える段階に達すると洞察し、コンピュータもやがてその段階に到達し、オフィスや家庭の様々な道具や場所にコンピュータが埋め込まれ、「人間がコンピュータを意識せずに自然にその機能を使用することができるサービス環境」が実現すべきだと考えた。これまでのように、コンピュータを使うために人間が努力させられるのでなく、人間が自然にコンピュータを活用できる人間中心のコンピュータ環境を目指したのである。
 また、ワイザーは、これまでのコンピュータの歴史は、1台を多数のユーザーが使用するメインフレーム(大型汎用コンピュータ)の時代、次に、1人1台のパーソナル・コンピュータが主流の時代と約30年間で主役が交代し、将来は、1人が多くのコンピュータを使うユビキタス・コンピューティングの時代になるというスキーム(図−1)を描いていた。


図−1 コンピュータの潮流 (注)

 パロアルト研究所におけるユビキタス・コンピューティングの研究開発は、モバイルコンピュータ、分散システム、ユーザーインターフェース、省電力設計など多くの専門領域を動員するプロジェクトとなった。実際に、研究所内に有線と無線を使った情報ネットワークを構築し、身に付けたICチップ内蔵の「アクティブ・バッジ」で、ドアやコンピュータディスプレィを操作したり、集団で議論するための大型ディスプレィ「ライブボード」の開発を行った。
 その頃、既に国内では、東京大学坂村健助教授(当時)が提唱したTRONプロジェクトが始まっていた。TRONプロジェクトは、「一部の専門家ではなく、普通の人々が普段のあらゆる生活の中でコンピュータを利用していく未来社会を想定し、誰もが使いこなせる機器やシステム、新しい技術によって実現すべき未来生活のコンセプト、さらにそれを支える社会の仕組みやルールといった幅広いテーマを正面から取り組み、トータルなデザインを行う」ことを目標とし、コン
ピュータが内蔵され、ネットワークに接続された機器が協調動作するシステムの実現を目指した。ワイザーが唱えたユビキタス・コンピューティングと、殆ど同じ考え方であり、しかも、具体的なシステムを目の前に提示したことは、世界的に見てもユビキタス・コンピューティングの先駆的な取組みと位置付けられる。
 坂村健はワイザーより1年早い1951年に東京で生まれた。高校生の時にアポロ11号の月面着陸をテレビで見て、ロケットを正確に月に導いたコンピュータの存在に強く影響を受け、コンピュータの研究者になったと述べている 2)。その中で生まれたTRONは、組み込みコンピュータ用のOS(基本ソフト)であり、まだユビキタスという言葉が登場していなかった当時では、「どこでもコンピュータ」あるいは「超機能分散システム」という語を用いていた。
 ユビキタス・コンピューティングは、コンピュータが環境に浸透した状態であることから、当初から、生活空間を想定した研究開発が行われており、極めて建築と関わりが深い技術領域である。
 TRONプロジェクトでは、民間企業18社が参加した研究会によって、1989年12月、東京西麻布に「TRON電脳住宅」を完成させた。そこで、用いられたシステムは表−1に示すように多岐に渡っていた。現在の技術水準と比べても、その先進性は理解できよう。

表−1 TRON電脳住宅の主なシステム
情報設備 一般放送をはじめ、各種放送、各室の温湿度や照明、エアコンの作動状況などが表示できる画像・映像システム。トイレ、浴室にも電話を装備、センターコンピュータを介して家中の各種機器をコントロール。
音響設備 住宅全体に数十個のスピーカーを組み込み、デジタル信号処理による演出を行う。
キッチン コンピュータによる料理検索、コンピュータ制御調理システム、他。水、湯、冷水、冷蔵庫、電気レンジを備えたパーティーワゴンを設置。
衛生設備 機器に手を触れず使用できる非接触トイレ、テレビや音楽を楽しめる浴室など。
空調設備 窓は屋外の気象センサーで温度、湿度、気圧、風速、風向、雨、照度を常時測定し、現在の外気が気持ちよいかどうかを判断し、開閉を操作。外部の気象条件が悪い場合は、窓が自動的に閉まり、エアコンが作動。天井パネルによる放射冷房で、暖房は床暖房。
照明設備 だんらん、食事、パーティーなど生活シーンに合わせた雰囲気を照明が演出。外出時には、外が薄暗くなると玄関やポーチの照明が自動的に点灯。夜中にトイレに起きたとき、廊下からトイレまでの照明が人体感知器と連動し自動的に点灯。
収納設備 コンテナの内容を画像で記録し、電動式地下倉庫に収納。
植栽管理 半屋外空間の植物は、水耕栽培。水やりはコンピュータ制御。



写真−1 トロン電脳住宅外観


2 第三の波が描いた世界
 同じ時期に、複数の研究者が同じようなアイデアを思いつくことは、歴史的には稀ではない。むしろ、それは、その時代に蓄積された知識や技術、社会のニーズが土壌となって芽生えた文明の進化と考えられる。
 ユビキタス・コンピューティングやTRONプロジェクトの着手から数年前の1980年には、米国の未来学者アルビン・トフラーの「第三の波」が世界的なベストセラーになっていた。
 トフラーは、第一の波は、農業革命による農耕社会の出現、第二の波は産業革命による工業社会の到来、そして、情報通信技術の革新がもたらした情報化社会への移行を、第三の波と名付けた。第一の波では一体化していた生産と消費が、第二の波(産業社会)では、市場によって分断され、規格化された商品の大量生産や大量消費、資源やエネルギーの大量使用による環境破壊、大家族から核家族への変化、画一的なマスメディアの発達などをもたらし、人口の都市集中、地域社会の崩壊、商業主義や競争主義の蔓延なども進行したと述べている。
 それが、第三の波の元では、家庭で仕事をする人が増え、仕事の場と生活の場が一緒になる。工場やオフィスの小規模化による人間的な労働への転換や、企業活動の多目的化が生じ、ネットワークによって横に結ばれた社会が出現し、政治体系にも一連の変化が生ずるという。第三の波の社会では、脱規格化と個性化、同時化、分権化、多様化、自律化、脱大規模化、分散化、脱官僚制化の傾向が台頭すると示唆した。
 また、トフラーは「第三の波」の中で、エレクトロニック・オフィスとエレクトロニック・コテージという新概念を提示した。エレクトロニック・オフィスはオフィスが各種コンピュータや情報ネットワークで結ばれた姿であり、エレクトロニック・コテージは、情報機器や情報ネットワークで結ばれた住宅である。
 1980年代に始まったOA(オフィス・オートメーション)化やインテリジェントビルは、エレクトロニック・オフィスの現実化に他ならない。エレクトロニック・コテージに刺激され、欧米では80年代後半から「テレコテージ」などの名称で盛んに実験が行われた。日本でも1984年頃から、情報系の企業や地方公共団体などが中心となって、大都市周辺の近郊やリゾート地に実験オフィスが設けられた。
 「第三の波」が出版された1980年は、まだ、英文ワードプロセッサーの黎明期で、フロッピィディスクは8インチが主流の時期であった。トフラーが描いた未来像は、今では、パーソナルコンピュータやインターネットの普及で現実のものとなりつつある。そして、ユビキタス・コンピューティング社会は、第三の波に移行した社会と言えよう。
 ところで、情報化社会という概念は、1960年頃から議論され始め、そのユートピア的な側面だけでなく、様々な問題点や批判も提起された。監視・管理化社会の到来、情報操作や技術に長けた組織や企業の伸長、文化の多様性や創造性の喪失、搾取や貧富の差の拡大などが主な論点であった。実際に情報通信技術が普及し、生活にもその影響が広く及び始めた1980年代以降は、個人情報保護やコンピューター犯罪、情報を扱う能力(情報リテラシー)などが、現実の問題として登場し、「情報化社会の光と影」という問題として、解決策の模索が始まった。具体的に、情報化社会の影が何を指すかについては、様々な見解があるが、コンピュータ犯罪・ネット犯罪、プライバシー侵害、著作権侵害、情報モラル、テクノストレス、格差(デジタルデバイド)、人間関係の希薄化、脳機能の低下、などが取上げられることが多い。


3 情報化社会と建築
 そのような大きな潮流の中で、建築はどのように変化してゆくのであろうか?日本建築学会では、ユビキタス・コンピューティング社会のもたらす建築・都市空間や設計・生産・調査研究に関わる具体的変化やその可能性を検討し、21世紀の社会を形成する望ましい建築空間を実現・構築する方策を提言することを目指して、2004年4月に、「ユビキタス・コンピューティング社会の建築・都市特別研究委員会(委員長:坂村健東京大学教授)」を発足させた。同委員会(以下、ユビキタス委員会と略)では、まず、第三の波以降の情報通信技術の建築への影響を調べるために、建築の施工や計画、設備設計などに関わった実務者へのインタビュー調査を行った。その影響を整理した結果を表−2に示す。
表−2 情報通信技術が建築に与えた影響の概要
区 分 影響事項 主な関連技術
建築物 立地 @立地の再構成 情報通信ネットワーク
基本計画 A用途や機能の混在
Bフレキシビリティの向上
携帯PC、FD、MO
無線LAN、二重床
設備計画 C高度情報環境の創出
D快適性の向上と省エネ化
Eセキュリティの向上
通信ネットワーク、二重床
状態監視・制御技術
カード、生体認証技術
生産過程 設計段階 @最適な設計解の追及
A設計の迅速化
シミュレーション解析、CAD
通信回線、協調設計
施工段階 B省人化と工期短縮
C施工原価の低減
D近隣関係の良好化
作業所OA、携帯電話
電子商取引、本社DB
作業所ホームページ

 その影響は、建築物自体と設計や施工などの建築の生産過程に大別されるが、建築物への影響は、立地から間取り、仕様や設備まで、生産過程への影響は、設計方法から、工期短縮や原価低減など広範に渡っている。建築物への影響として挙げられた事項は、

@立地の再編成
 情報ネットワークの発達は、大都市にいなくても仕事ができる環境を作り出し、地方や郊外に移動した住宅や業務施設もある。逆に、支店機構など地方の組織や施設の簡略化を可能にした。

A用途や機能の混在
 携帯可能なパーソナルコンピュータや各種モバイル機器、大容量の小型記憶装置や情報ネットワークなどにより、自宅で仕事をしたり、食堂や市中で打合せや業務をすることが頻繁に行われるようになった。また、フレックスタイムや裁量労働制の普及によって、オフィスで過ごす時間も多様化し、オフィスの内部に気分転換や休養するスペースを設けるなど、用途や機能の混在が広がっている。

Bフレキシビリティの向上
 組織の改変が活発になり、空間のレイアウトや用途変更も頻繁になった。それに対応するため、配線(二重床)や、床荷重に余裕を持たせた設計をするようになった。

C高度情報通信環境の創出
 オフィスを、大容量高速通信が可能な環境にするため、二重床、大容量ケーブル、配管用縦シャフト、雷対策、非常用電源、などを設ける例が多くなり、オフィスは重装備化した。二重床は、それを採用していることが、先進的なオフィスであることの象徴となり、建物の付加価値を高め、賃料も高めに設定できる。

D快適性の向上と省エネルギー化
 各種センサーや制御技術による状態監視技術の発達は、空調や照明機器のきめ細かな制御を可能にし、ユーザーの快適性を向上させつつ、省エネルギー化をはかり、維持管理費用を低減させることに効果をあげた。

Eセキュリティの向上
 犯罪の増加などを背景に、セキュリティに対する意識が高まり、生体認証技術や施設の管理技術を利用したセキュリティシステムが普及している。
 
 次に、生産過程への影響を以下に示す。

@最適な設計解の追及
 構造解析やシミュレーション結果のフィードバックによって、複数の代替案から最適案を選定したり、原案を改良することが容易になった。また、既存建物のデータの蓄積が新築の際に設計精度の向上に寄与している。プレハブ住宅では、CADや各種ソフトウェアによって、部品や部材の寸法を変更して設計することが容易になり、設計の自由度が飛躍的に向上した。
 シミュレーション結果などのビジュアルなプレゼンテーションは、施主をはじめ関係者の同意を得やすくさせた。客先でノートPCを用いて、納期や費用のフィードバックを瞬時に行えることは、ニーズの反映に効果を挙げている。

A設計の迅速化
 通信回線やサーバー共有化によって、複数の関係者が設計を同時並行的に進める協調設計が一般化し、また、国内外にアウトソーシングさせることも可能になった。それによって、設計がスピードアップした。

B施工の省人化と工期短縮
 作業所のOAによる省人化、携帯電話やEメールによる各種調整業務の効率化、資材のタイムリーな受発注などにより、作業所における省人化と工期短縮が進行した。

C施工原価の低減
 CADやそのソフトウエアにより、資材数量の把握精度が格段に高くなり、無駄な発注が減少した。タイムリーな受発注、CALSの導入や、本社のデータベースで最低原価の参照が手軽にできることなどが施工原価を低減させた。電子商取引は印紙が不要なことも原価低減に寄与している。

D近隣関係の良好化
 作業所(施工現場)のホームページで工事計画などを公開し、近隣の不安解消に役立てている。
 
 このように、情報通信技術は、建築のさまざまな場面に、直接的あるいは間接的に多くの影響を及ぼした。ユビキタス・コンピューティング社会の到来は、上記のような流れを加速させたり、新たな変化を生じさせるに違いない。ユビキタス委員会では表−3に示す8項目を選び、委員会メンバーへのアンケート調査を行った。させるに違いない。ユビキタス委員会では表−3に示す8項目を選び、委員会メンバーへのアンケート調査を行った。
表−3 予測対象項目
@ 首都圏への一極集中が促進される
A 地方やリゾート地域に移住して、自宅を主体として働く生活様式を選択する人が増加する
B 建物内の空間の用途や機能の混在を促進する
C 人と人が顔を合わせてコミュニケーションをする機会や必要性を低下させる
D 大事なものを奥に配置する必要性を低下させる
E 建物利用者の快適性を向上させながら、省エネルギー化をはかり、維持管理費用を低減する
F セキュリティシステムの普及を促進する
G 無線通信技術の発達は、建物の重装備化を解消する

 集計結果を図−2に示す。なお、このアンケートは、回答の選択肢が、そう思う、どちらともいえない、そう思わない、分からない、その他の5項目を用いた。図−2では、そう思うと回答した人の割合を縦軸に、そう思わないと回答した人の割合を横軸にとっている。

図−2 将来の変化に対する委員会メンバーの回答

 『肯定』のゾーンに布置されたのは、ABEFGの5項目であった。@は『わからない』と『二分』の中間、Cは『二分』と『否定』の中間、Bは『否定』のゾーンに入っている。
 A地方の自宅で働く生活様式の増加は、ユビキタス・コンピューティング社会では促進される、と殆どの委員が予測した。その情報化社会のライフスタイルとして、米国では「ノマド」という語が頻繁に登場する。元来は、「遊牧民」を意味するフランス語で、放浪(浮遊)志向の人、一つの住所や職業に囚われず、新たな方向性を試すことにアイデンティティを置き、物財より、情報や知識、体験など無形物に価値を感じる人々である。情報ネットワークやモバイル機器、超軽量外部記憶装置などにより、どこでも仕事ができ、時間の拘束も緩くなっており、そういうライフスタイルを実現させる環境は整ってきたが、我が国では、それ以上に、遊民の出現原因となるのは、大量の団塊世代のリタイアではないだろうか。家計のためではなく、自らの使命を発見し、働きたい時に働く人々の出現に期待したい。
 また、E快適性の向上と省エネルギー化も、ユビキタス・コンピューティング社会で促進されると予測した人が多い。インターネットの次世代の通信規格であるIPv6を採用すると、個々の機器ごとに制御することができるので、きめ細かな制御は、より効果的に、費用をかけずに可能となるだろうが、逆に、今まで制御の対象でなかった機器も制御の対象に繰り込まれることで、電力需要が増加すると予想する人もいる。


4 ユビキタス建築の技術
 ユビキタスの「どこにでも存在する」という本来の意味を考えると可笑しいのだが、ユビキタス・コンピューティング社会の建築像を、「ユビキタス建築」と呼ぶこともある。そのユビキタス建築と従来の建築との大きな相違点は、「コンテクスト・アウェアネス」と、「ネット接続」であろう。
 「コンテクスト・アウェアネス」は、状況(context)を察知(a w a r e )するという意味で、空間の内外の環境と、そこに居る人間や存在する物体の現状や時間的変化を、センサーやネットワークを介してコンピュータが認識することである。それを踏まえて、各所の機器に的確な制御を行うための技術で、ワイザーが提唱した「人間がコンピュータを意識せずに、自然にその機能を使用することができる」を実現するには、不可欠の技術である。ただし、「自然にその機能を使用する」ということは、「人間の意思と無関係に機器の制御を行う」とは異なる。必要に応じて、指示を待ったり、示唆する情報を提供するなど、様々な関わり方(インターフェース)をデザインすべきで、エンジニアの創造力に期待したい。
 住宅の玄関ドアのモニターカメラの映像を、携帯電話の画面に転送する技術によって、外出先でも、あたかも自宅内に居るように、訪問者に応対できるようになった。インターネットとノートPCが、「どこでもオフィス」という状況を生み出したように、住宅が情報ネットワークにつながると、「どこでも住宅」という状態が実現するだろう。ある空間の外部に居ながら、内部に居なければできなかった行為をしたり、逆に、内部に居てはできなかった行為を内部ですることが可能になるにつれ、人間は場所の制約から解放される。
 前述のユビキタス委員会では、ゼネコンや設計事務所、ハウスメーカー、など多くの企業から、情報通信に関連のある既存の建築技術を80技術収集した。その内容は多岐に渡っている。図−3は、収集した技術を、筆者が樹木図の形式に整理したものである。

図−3 情報通信に関連した建築技術

 地表の樹木の部分は応用的技術、地中は基礎技術を位置付けている。その基礎技術には、コンピュータ、ソフトウェア、ネットワーク、デバイスなどの技術領域があり、極小コンピュータ、無線通信、ICタグや各種センサ、ヒューマンインターフェースなどが、鍵を握る技術である。
 応用分野は、@BA(ビルディング・オートメーション)、A高度情報通信環境、BFM(ファシリティ・マネジメント)、Cセキュリティ、Dテレコミュニケーション、E環境演出、F医療介護、Gその他の8領域に分けた。@BA、A高度情報通信環境、BFM、Cセキュリティの分野は、技術開発の歴史が相対的に古く、既に多くの技術が開発されているが、さらに、高度化してゆく領域である。

@BA(ビルディング・オートメーション
 制御信号(プロトコル)の規格化が、部品ごとに最適なものをアセンブリーすることを可能にし、性能向上と原価低減が実現した。その方向は、IPv6の登場でさらに進展してゆく。また、ICタグが、建物や部材などの環境側にも、その環境の中に居る人間や物体に貼り付けられ、複数機器の協調制御や、必要な時に必要な箇所だけ、ユーザーの特性や好みに合わせて運転する方式などが確立され、効率的な施設や機器の管理と制御に貢献する。

A高度情報通信環境
 この領域では、無線ネットワークが焦点となる。無線ネットワークは、どこでもアクセスしやすくなるので、ユビキタス・コンピューティングの情報環境の構築に適している。しかし、混信や遺漏防止のため、電磁シールド技術やネットセキュリティに対する要求も高度化する。

BFM(ファシリティ・マネジメント)
 建物が使われ始めてからの様々な情報が記録され、活用度の低い空間、故障やロスの多発する箇所などが把握され、改修や改善に役立っている。部材や機器の更新には、施工段階の規格や仕様、購入先や単価などの情報も参考になるため、施工段階と運用段階の情報システムをつなげることが望まれている。

Cセキュリティ
 この領域の主要な要素技術は、デバイス(センサー)と生体認証、ネットワーク技術である。ここでも、制御信号の規格化が進行しつつあり、部品(コンポーネント)や制御方法の選択肢が広がり、自由な発想によって、新しいシステムを構築することに拍車がかかる。
 
 そして、Dテレコミュニケーション、E環境演出、F医療介護の領域は、今後の飛躍的な発展が期待される。
 

Dテレコミュニケーション
 テレビ会議の普及は、企業の出張旅費を減らした。現在では、自宅で英会話や塾を行うサービスも実用化している。様々なコミュニケーションが、距離の壁を克服して実現しており、今後は、テレ・ダイニングルーム、遠隔宴会場など、新しい空間形態が登場するかもしれない。

E環境演出
 住宅の寝室用に開発した、段階的に部屋を明るくして、気持ち良く目覚めさせる技術は、ホテルにも採用され始めた。人間の状況や特性に合わせて、照明や空調、映像や音響を制御する技術は、様々な場面で、これから本格化する。

F医療介護
 65歳以上の高齢者の割合は、1990年12%、2005年20%、2020年29%と劇的に変化する。日本の半数の世帯が要介護世帯となる日も遠くない。1人の患者や要介護者を支える人数は、ますます減少する。予測制御やネット接続で、的確な環境調節をしたり、遠隔から介護や医療を行う技術開発は、社会が求めている。

Gその他
 光ファイバーで、構造物の安全性を点検したり、地震の揺れを察知して対応する技術、廃材を管理する技術など、色々な分野の技術開発が進行している。
 
 言うまでもなく、建築も、その技術も、人生の手段である。人々がどんな生活を目指すかによって、開発すべき技術や建築空間の内容は違ってくる。
 その人々の目標や理想は、現実の裏返しでもある。兎に角、量を増やしてきた時代を経て、広い家や便利さが目標となってきたが、未来には、どんな生活を送ることが人々の理想になるのだろうか?
 米国の心理学者アブラハム・H・マスロー(1908−1970)は、人間の持つ欲求は、生理的欲求→安全への欲求→社会的欲求→自我欲求→自己実現欲求といった形で低次元の欲求から高次元の欲求へと5つの階層をなしており、低次元の欲求が満たされてはじめて高次元の欲求へと移行すると考えた(マスローの欲求五段階説)。これまでの建築に関する技術は、生理的欲求や安全への欲求、経済性や利便性を狙いとしたものが主であったが、未来のユビキタス・コンピューティング社会では、社会的欲求、自我欲求、自己実現欲求を実現するための技術に比重を移してゆくのではないだろうか。
 
(注)M. Weiser, "Ubiquitous Computing"のサイト(http://www.ubiq.com/hypertext/weiser/UbiHome.html)に掲載の図から作成
 
〔関連資料〕
1) M. Weiser, "The Computer for the 21st Century”,Scientific American, Sep 1991(邦訳:浅野正一郎、「21世紀のコンピューター」、日経サイエンス、1991.11)
2) 坂村健、「ユビキタス社会」がやってきた、NHK人間講座、日本放送協会、2004
3) アルビン トフラー、第三の波、日本放送出版協会、1980.10
4) 柳田邦男、壊れる日本人−ケータイ・ネット依存症への告別、新潮社、2005.3
5) 亘理誠夫、「人間中心のユビキタス・コンピューティングへ向けて」 科学技術動向 No.28, 2003.7

このコンテンツは、ALIA NEWS Vol.89(2005.9)から、原文のまま掲載しております。
社団法人リビングアメニティ協会