創立15周年記念ネットフォーラム
  
      住産業に係る新技術の動向について
人の心を豊かにするメンタルコミットロボット・パロ

産業技術総合研究所 知能システム研究部門
科学技術振興機構 発展・継続研究 柴田 崇徳


1 はじめに
 人間生活において、動物は重要な存在である。アメリカでは約60%の家庭で、猫、犬などの順で一匹以上の動物を飼っており、食料や獣医費を含めると約4兆円ちかい産業である。日本では、犬、猫の順で約1兆2千億円の市場規模である。日本の産業用ロボットの市場は約5千億円前後であることから、動物が人間生活に深く関わっていると言える。動物の役割に関する研究では、人の話し相手になったり、子供の情操教育に役立ったり等が報告されている。動物を積極的に利用する方法として、「アニマル・セラピー」がある。
 アニマル・セラピーにおいては、動物とふれあうことにより、人には心理的効果(リラックス、元気付け、動機付け等)、生理的効果(脈拍の安定、ストレス低減等)、社会的効果(話題にして人とコミュニケーションを取る等)がある。
 しかし、動物アレルギー、人畜感染症、噛み付き、引っ掻きなどの問題があるため、多くの医療福祉施設では、本物の動物の導入には十分な注意を必要としている。また、一般家庭においても、上記の問題のほかに、アパートやマンションでペットが禁止されている、一人暮らしで世話が困難、飼育していた動物の死によるペットロスなどの問題があり、動物を飼いたくても飼えない人々が大勢いる。
 筆者は93年から、人と共存するロボットとして、人の労働の補助より、人の心に働きかけ、人からの主観的な評価を重視する感情的人工生物を研究開発してきた。これは、ペット動物のように生活に必要以上の存在として、人と対等な存在関係を持ち、人から命令されて動作するだけではなく、自ら目的や動機を持って自律的に行動し、人と身体的に相互作用する。その応用として、人の心を豊かにし、心を癒すことにより精神的な病を予防し、また日常生活の余暇に楽しみを与えることを目的とする機器「メンタルコミットロボット」を研究開発してきた。そして、アニマル・セラピーにおいて動物の代わりに用いることにより、同様の効果を目的とする「ロボット・セラピー」を提案し、その実現のためロボットの改良と、効果の検証実験を行った。
 これまでに開発したロボットのうち、タテゴトアザラシの赤ちゃんをモデルにしたロボット「パロ」は、人との触れ合いを強調し、人工毛皮と本体の間に柔らかな構造を持つ面触覚センサによって覆われ、触り心地の良いボディを持つ。人工毛皮には、抗菌加工や防汚加工を施した。その他、視覚、聴覚、姿勢のセンサを有している。上体、前後の足が動き、まばたきにより顔に表情を持つことにより、生命感を人に感じさせる。
 国内外で、大勢の人々にパロとふれあってもらい、主観評価実験を実施し、その結果を踏まえて、人々から受け入れられやすくするための改良を重ねた。
 またパロを用いて、動物を導入することが困難な病院や高齢者向け施設等、国内外の医療福祉施設において、様々な人々を対象にロボット・セラピーの実証実験を行い、そのアニマル・セラピーと同様な効果を示した。
 本稿では、2章においてアニマル・セラピーについて述べ、3章においてメンタルコミットロボットについて説明する。4章においてメンタルコミットロボット「パロ」によるロボット・セラピーについて述べ、5章でまとめる。
図−1 アザラシ型ロボット・パロ 図−2 トリミング作業


2 アニマル・セラピー
 アニマル・セラピーでは、動物を積極的に利用するし、人の心に働きかけることで、人に心理的効果、生理的効果、社会的効果を与えるものである。アニマル・セラピーは、その目的や方法に依存し、アニマル・アシスティッド・アクティビティ(AAA)とアニマル・アシスティッド・セラピー(AAT)の二つに分類される。
 AAAでは、ペットと人々が触れ合う活動であり、病院や施設などでの特別なプログラムの中で存在するのではない。それぞれの訪問活動等の際には、特別な治療上のゴールは計画されず、活動する人たちも必ずしも詳細な記録はしなくてよい。活動はボランティアなどの自発に任されていて、その活動の期間は必要に応じる。
 一方のAATでは、治療上のある部分で動物が参加する。医療側の専門職、例えば医師、看護婦、ソーシャルワーカー、言語療法士等がボランティアの協力を元に、治療のどこで動物を使うかを計画する。また、治療のゴールも存在する。活動においては記録が必要であり、進歩が測定されなくてはならない。
 アニマル・セラピーにおいて動物が人にもたらす効果を、心理的利点、生理的利点、社会的利点の3つに分類できる。心理的利点は、元気づける、動機の増加、リラックス・くつろぎ作用、自尊心・有用感・達成感・責任感などの肯定的感情をもたらす、ユーモア・遊びを提供する、親密な感情、無条件の受容、他者に受け入れられている感じの促進などがある。生理的利点では、病気の回復・適応、病気との闘い、リラックス、血圧やコレステロール値の低下、神経筋肉組織のリハビリ(特に乗馬療法)などがある。社会的利点では、社会的相互作用、人間関係を結ぶ「触媒効果・社会的潤滑油」、言語活性化作用(スタッフや仲間との)、集団のまとまり、協力関係、スタッフへの協力を促すなどがある。 アニマル・セラピーの対象は、一人っ子、不登校、精神的・身体的・性的虐待児、親がいない子どもなど、独居や高齢者向け施設における高齢者、癌、エイズ患者など終末期医療の患者、事故や病気などによる後天的慢性疾患を持つ人、精神遅滞、ダウン症、自閉症、脳性麻痺など先天的慢性疾患を持つ人、視覚・聴覚、言語障害者、手足の不自由な人、てんかん患者などの身体機能障害者、認知症、精神分裂病、躁鬱病などの精神障害者などがあげられる。


3 メンタルコミットロボット
 メンタルコミットロボットは、人と共存するロボットで、人の労働の補助より、人の心に働きかけ、人からの主観的な評価を重視する。ペット動物のように生活に必要以上の存在として、人と対等な存在関係を持ち、人から命令されて動作するだけではなく、自ら目的や動機を持って自律的に行動し、人と身体的に相互作用する。これにより、人の心を豊かにし、心を癒すことにより精神的な病を予防し、また日常生活の余暇に楽しみを与えることを目的としている。
 メンタルコミットロボットは、人と身体的にふれあうため、人はその五感を用いて多くの情報を交換できる。そのため、非言語の相互のコミュニケーションが特徴的である。人からの主観的評価を高めるために、これまでに基礎的心理実験、センサシステム研究、各種の動物型ロボット開発、行動制御アルゴリズム等の研究を行った。
 例えば、身体的相互作用により、人が持つ動物に対する知識や経験を引き出しつつ、感情的な行動を主観的に連想させるために、ロボットの形態については、
1)人型、
2)身近な動物型(犬や猫)、
3)身近ではない動物型(アザラシなど)、
4)架空の動物やキャラクター
の4つに分類し、これまでに犬型、アザラシ型、猫型ロボットを研究開発した。行動制御アルゴリズムとして、刺激−反応規則、内部状態、短期記憶、長期記憶、適応、学習により、人や環境からの刺激とロボットの内部状態に基づく行動を生成した。
 大まかな表現ではあるが、ロボットが持つファンクションの数が有限であっても、人が持つ知識や経験に基づき、身体的相互作用を通して、形態、動き、感触などからの連想をロボットが引き出すことにより、人の主観的解釈はロボットが持つ機能の数より遙かに多く、かつ複雑に解釈された。特に、人もロボットも発現する行動は状況に依存し、その解釈はコンテクストにより、感情を表現する言葉でロボットの行動が説明された。あくまで、主観的な解釈であり、相互作用する本人の解釈と、その外部の観察者との解釈は必ずしも一致しなかった。
 ロボットに対する評価に関しては、猫型ロボットとアザラシ型ロボットについてそれぞれ主観評価を行った。両者とも、複数の質問に関して高い評価を得たものの、猫型ロボットに関しては、ロボットとの相互作用の後に、本物の猫のイメージとの比較によって、触り心地や反応などの違いに関して厳しく評価される場合があった。一方、アザラシ型の場合には、本物のアザラシのことを詳しく知っている人がほとんどなく、相互作用の前後では、評価が高くなる一方で、本物のアザラシとの比較を行うケースはほとんどなかった。そのため、身近ではない動物の形態の方が、多くの人から受け入れられやすかった。
 アザラシ型ロボットに関して、日本において800名弱の人々から主観評価を受けた実験では、統計的な分析により、複数の質問項目のうち、「触れ合い」に関する項目と「見た目」に関する項目がロボットの評価に対して重要な要素であることがわかった。年齢では、20歳以下、50歳以上が、その間の年齢層よりも高く評価し、性別では、女性が男性より高く評価し、動物好きほど高く評価した。さらに、英国、イタリア、スウェーデン、韓国、ブルネイでの国際的な主観評価実験の結果を比較すると、アザラシ型ロボットは、人種、文化、宗教の違いに関わらず高い評価を得た。また、各言語での音声認識機能があれば、「話しかけたい」という評価が高まった。これらの評価結果を元に、アザラシ型メンタルコミットロボットを「パロ」と称して、目的に応じて、改良を重ねた。
 第3世代までは、プロトタイプとして動作や形態などの実現と主観評価実験を目的とした。第4世代では、当時の小渕首相からの依頼で、沖縄サミットへのお土産として、各国首脳の音声を認識する機能を有する仕様としたが、首相が亡くなられたため用いられなかった。第5世代から第8世代にかけては、ロボット・セラピーを目的に改良を重ねた。なお、第8世代では、世界各国から訪問される万国博覧会の一般展示と、政府系展示館のVIPルーム用に、英語、仏語、スペイン語、ポルトガル語、中国語、韓国語、日本語の7ヶ国語を認識する特別仕様も開発した。
 ロボット・セラピーでは、パロが自立した行動や、刺激に対する反応の行動をもち生き物らしく振舞うことは当然求められるが、長期間、生活の中で人との相互作用を持続することが求められる。そこで、人から高い評価を得るため、触り心地、抱き心地、温かみ、一体ずつまつげの縫い付けや毛並みのトリミングなど手作りの仕上げによる品質など感性を考慮した機能設計と製造プロセスとした。また、人工毛皮は抗菌加工、汚防加工、抜け毛防止を施し、内部は電磁シールドを行い、2万ボルトの耐電圧試験、落下試験、10万回を超える撫で試験、2年間を超える長期使用試験などにより安全性、信頼性を確認し、誰でも簡単につかえるように利便性を考慮した設計を行った。ソフトウエアも、名前や行動の学習機能など、飼い主との関係を徐々に構築することにより愛着がわき、飽きられにくいものとした。さらに、本物のタテゴトアザラシの赤ちゃんの生態調査をカナダ北東部にて実施し、その生命感やかわいらしさを模倣し、また鳴き声をサンプリングして用いた。
(a) パロへほおずりする (b) パロを抱きかかえ、話しかける
(c) パロへキスする (d) パロをなでる
図−3 高齢者向け施設における高齢者とパロとの触れ合い


4 ロボット・セラピーの効果と社会的受容 
 アザラシ型メンタルコミットロボット「パロ」をセラピーに役立てるための研究開発を進め、その効果について研究するため、日本のほかスウェーデン、イタリア、アメリカ、フランスの小児病棟と高齢者向け施設等の医療福祉施設において実証実験を行っている。医療施設では、主に治療の補助となるように医師と看護師の協力を得てロボット・アシスティッド・セラピー(RAT)を行ない、福祉施設では、主に明確な治療上のゴールを設けずに、ロボット・アシスティッド・アクティビティ(RAA)を行なった。
 子供を対象とするロボット・セラピーは、小児病棟で実験を実施している。(1)中長期入院の患者で、プレイルームにおいて1日3回(筑波大学付属病院)、(2)隔離病棟における長期入院患者が病室で1日3回(同病院)、(3)呼吸器系の障害により長期入院患者で呼吸が困難で苦しいときや本人が望むとき(スウェーデン・カロリンスカ病院)、(4)自閉症患者やダウン症患者を対象にセラピストがコミュニケーション能力の改善を目的とした訓練(イタリ・シエナ大学)、など国内外で実験を行い、心理的に元気付けたり、退院意欲を向上したり、社会的には会話を増加させるなど良好な結果を得た。パロとふれあうことで、半年間ほど食欲も笑顔もなかった男の子が、食欲を取り戻し、笑顔で会話するようになったり、夜泣していた子がパロと一緒に寝ることで、安心して眠れるようになったりなど、好例が多い。
 高齢者を対象とするロボット・セラピーは、デイケアサービスセンター、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、グループホーム、脳神経科の病院などで実施している。最も長期的な実験を実施している介護老人保健施設では、03年8月から週に2回、1回当たり1時間ずつ、15名から20名の高齢者が参加して、パロとふれあっている。介護者は1名か2名だけである。現在でもパロが飽きられることなく、愛着をもたれ、パロとのふれあいを楽しんでいる。心理的には、パロとの触れ合いの場所に自ら車椅子や杖をついて移動してくるなどの動機付け、気分の向上、「うつ」状態の改善、など良好な効果があった。生理的には、尿検査によりストレスの低減が確認された。社会的には、高齢者同士、介護者との会話が活発になるなどの効果があった。また、介護者にとっても、高齢者が自立して楽しんでいるため心労の低減があった。
 さらに、脳神経科の病院における実験では、高齢による認知症患者にパロと20分間ふれあってもらい、その前後の脳機能をEEGによって計測し、DEMENSIONにより分析を行った。その結果、有効なデータを取得できた14名の被験者の50%が、認知症の状態から健常者のレベルに改善したり、悪い状態から軽度な状態へ改善したりなど認知症患者の脳機能の改善効果があった。特に、パロに対して主観評価が高い人ほど、脳機能の改善効果が高かった。
 この結果から、パロが中軽度の認知症の高齢者に脳機能の活性化の効果をもたらすだけでなく、健常な高齢者が認知症になることを予防する効果を期待できる。実際、特別養護老人ホームで、認知症により徘徊をしていた高齢者がパロとふれあうことで、徘徊をしなくなったなどの事例もあった。
 地方自治体では、1名の認知症患者のケアのために、介護保険により1年間に約400万円のコストがかかっており、認知症患者の平均余命が約8年であることから、大きな社会的コストとなっている。そのため、「介護予防」が求められている。例えば、富山県南砺市はパロの認知症の予防・改善効果を認め、市内の8箇所のデイケアサービスセンターに、05年5月からパロを導入し、高齢者や介護者から非常に高い評判を得ている。
 05年3月から個人でパロが購入できるようになったため、約500のユーザーにアンケート調査を行った。回答があった52件のうち、90%以上が40代以上であった。80%以上が非常に満足・満足と回答し、後悔と答えたのは4%であった。後悔の理由は、プレゼントしたが喜ばれなかったなど、パロと事前にふれあったことに起因していた。ほとんどの人々は、かわいい、孫の代わり、毎日よくなでている、など触れ合いに満足している。また、1体のパロを導入した高齢者向け施設が、4体のパロを追加するなどの例もあった。


5 まとめ
 人と共存するロボットが、様々に研究開発され、商品として生活の中にも入りつつある。それぞれ目的に応じた作られ方がある。人の心を豊かにし、癒すことを目的とするアザラシ型メンタルコミットロボット「パロ」は、人との長期的な相互作用を持続し、人に心理的、生理的、社会的効果をもたらすことを目的として開発され、医療福祉施設でのロボット・セラピーや、一般家庭でのペット動物の代替として、社会に受け入れられ始めている。本稿では、パロの研究開発の経緯、特徴、実際の効果などを説明した。パロによって、人と人とのコミュニケーションを活発にしたり、健康の維持に役立てたりするなど、社会貢献になれば幸いである。

このコンテンツは、ALIA NEWS Vol.89(2005.9)から、原文のまま掲載しております。
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